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2007年6月

2007年6月30日 (土)

Suono Dolce

ここのところ有楽町付近に行く事が続いている。映画「憑神」をみたのは有楽町の東映、それに少し離れてはいるけど、京橋のカストールでのライヴ、そして昨日はニッポン放送のネット・ラジオ局Suono Dolceでの生出演。ニッポン放送も今は有楽町にある。同じ方面に続けて何回も足を運ぶ、ということは時々起こる。これまでよくあったのは、横浜方面の用事や仕事が続くこと。赤坂あたりにもそれぞれ別の用事で通ったこともあった。かたまって同じ地域に足を運ぶ、というのも不思議な感じがする。
Suono Dolceというのはイタリア語で甘いサウンド、という意味らしい。ラヴ・ソング専門の曲とのこと。その「アフター6」という番組の中で30分程度のコーナーに出演。生演奏も2曲。ラジオと聞いていたので、気楽に出かけたけど、動画の配信も同時にやっている。いつものTシャツにGパン、というラフな格好ではなくてよかった。
ガラス張りの小さなスタジオ。狭いながら小さなカメラを上手く配置して録っている。演奏中の手のアップや角度を変えた映像がモニターに映っている。その映像や目の前の時計に目が行って歌詞が飛びそうに。僕のオリジナルの「夕暮れ」と「東京ドドンパ娘」を演奏。
パーソナリティーの小島麻子さんはお父さんがボサ・ノヴァ・ファンとのこと。そのせいで子供の頃から聴いていたらしい。僕の演奏も喜んでもらえた。
何だかスイッチが入らないような気分のまま、始まってしまえばあっという間。

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2007年6月28日 (木)

リリース、カストール

6/27、「地球儀の青い海」のリリース。朝、須藤さんから「おめでとうございます・・」とメール。「まだ道の途中だけど、確実にひとつ足跡は残せました・・」。プロデューサーからそんなことを言ってもらうなんて、なんだかこそばゆい。でも嬉しいお言葉。お互い同世代、ということがキーワードになっているプロジェクト。若くないからこそ歌にできる世界。音楽をもっと肌の感覚で捉えていた時代を知っている、という共通点もある。秋のリリースにむけて「地球儀の白い雪」ももう始動している。一緒におもしろい事ができれば、と思う。
京橋カストールでのシェフとのコラボ・ライヴ。ちょうど満席の状態。PA装置なしの全くの生音。キャパ的にも丁度良かった。マイクを使わないので、最初はどこに向かって演奏するのか、目標が定まりにくいが、ポイントをみつけてから楽に。ただやはりどこか力技になっているらしく、汗が流れて仕方ない。電気を使わない分、自分の力で音を押し出しているからだろう。ソロの時はいつもそうだが、重く感じた身体が軽くなると、どこまでも行けそうな気になってくる。
身体の状態によって時間の流れ方が全然違って感じられる。これは不思議。重い時は、まだこれだけしか経ってないの?、という気分になるのが、軽くなると、ええ!、もうこんなに過ぎてしまっているの・・となる。
気がつくと、予定の時間。あれもやろう、これもやろう、と思っていたものの大半がお蔵に。
PAがない分、サウンドがとても丸く柔らかく感じられた・・、という感想を頂いた。そうそういつも出来る事ではないけど、これからもたまには挑戦していきたい。
リリースしたばかりのCDもたくさん買って頂けた。今夜は気持ち良く眠れそう。

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2007年6月25日 (月)

「憑神」

土曜日の夕方、銀座で時間が余った。食事して帰ろうとも思ったけど、映画の最終回に間に合うということに思い至った。「憑神」の初日。東映の映画館に向かう。重森三果さんが出演しているからだ。三果さんの出番は前半の方。西田敏行の貧乏神のところと、赤井英和の疫病神にところで出ている。演技している三果さんの姿。貧乏神のところでは三果さんが歌い演奏する「かっぽれ」が流れる。リテラリオで制作したCDのヴァージョンとかなり似たアレンジ。なんだか不思議な感じ。
この映画を全然知らないで見たとしても、邦楽に興味のある僕としては多分「かっぽれ」の演奏には反応しただろうと思う。三果さんの歌には独特の世界観がある。古典をやっていながらすごくモダン、それと王道を行く重みのようなものがある。それが魅力的に僕には聞こえる。だからここから彼女の作品を作りたいと思うかもしれない。でももしこれが出会いのきっかけだったとしたら、CDの制作までは至らなかっただろう。三果さんは音楽のところではなくて、出演者の方にクレジットされているし、HPを見てもそんな詳しいデータは出ていない。だから「かっぽれ」を聴いて興味を持ったとしても彼女にたどり着くことは難しい。
「丹下左膳」のDVDを借りて来たのは、出演している和久井映見が自分で三味線で弾き語りをするシーンがある、ということを耳にしていたからだ。それが三果さんを知るきっかけになった。エンド・ロールで彼女の「からかさ」が流れる。そこでノックアウトされた。もちろん和久井映見の弾き語りを指導する裏方的な仕事も彼女がやっている。エンド・ロールへの起用は監督の意向だったらしい。三果さんとしては風邪をひいていたらしく、時間的にもキツい不本意な演奏だったようだが、それでも充分インパクトはあった。エンド・タイトルに、演奏者として名前が出ていたお陰で、CD制作に繋がった。縁は異なもの。「憑神」でいくら興味を持ったとしても、こうは行かなかっただろうと思うと、出会いというものの不思議さが感じられる。
「憑神」は安心して見れる映画らしい雰囲気を持った映画だった。芸達者な出演者。カメラワークも安定している。橋のたもとの蕎麦屋のシーンが何回か出てくるが、その映像が僕は好きだ。

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2007年6月22日 (金)

CDリリース

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相次いで僕が参加しているCDがリリース。その一枚はソニーのアコースティック・ギターの演奏を集めたコンピレーションCD「アコーダ」(写真左)。以前録音した「イパネマの娘」のギター・ソロ・ヴァージョンが収録されている。そのサンプルが今日届いた。今年初めにリリースされた「アコギでクラプトン」も話題になった。アコギは今ブームのようだ。僕も昨年「トカール・コモ・カンタール」をリリースしたけど、ソロ・ギター・アレンジの曲はあれから随分と増えている。サンバ、ボサ・ノヴァに加えてショーロやジャズのスタンダードなどもいじくっている。「トカール・・」の続編など出せれば、と思うのだが・・。
もう一枚が「地球儀の青い海」(写真右)。ここでも何度も話題として取り上げてきたけど、初めて全編日本語曲を歌うアルバムだ。このリリースが6/27、間近に迫っている。ライヴにしてもレコーディングにしても、日本語を歌う、ということは今まであまりなかったのでちょっと心配もあったけど、結構好きになってきた。最近は日本語の音を崩してメロディに乗せている感じのものも多いが、このアルバムでは言葉の音を最大限クリアにすることを目指している。サンプルを聴いて頂いた方から、「言葉が心に真っすぐ飛び込んでくる感じがする・・」という感想を頂いた。これは嬉しい。日本語で表現した、Saudade。是非御一聴頂ければと思う。
プレゼン資料が必要になり、自分のこれまでのアルバムから適当な曲を選んでサンプルを作った。曲を選びながらいろいろ思い出すことも多い。思い返せば結構ハードな仕事の連続。1990にデビューしてから「地球儀の・・」で13枚目。よくもここまで続いたものだ。さすがに初期のものは省いたけれど、10年くらいの間だけでも8枚リリース。サンプルはそこから選んだ。13枚のアルバム、ということは一枚10曲としても、130曲をリリース?、結構時間が経つと凄い事になる。それ以外で参加したものを加えるとさらに増える。泳ぐのを止めると死んでしまうサメのような感じ。正直そんな頻度で出せるとは思っていなかった。僕を支えて頂いているファンの方々に改めて感謝の思いを抱いた。僕の作品を聴いてくれる人たちがいたからこそ、ここまで続けられた。これからもよろしくお付き合いください。

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2007年6月20日 (水)

いろいろ、バディ・ライヴ

最近、家の上空をヘリが飛ぶ事が多い。そういう時は何かしら事件がある。うるさく飛び回るのは報道などのヘリ。見上げるとたくさん飛び回っている。バラバラ殺人や火事、大きな事故・・、大体ロクなことはない。昨日は渋谷の爆発事故のせいで、空がうるさかった。暑いしうるさいので不機嫌になってしまう。報道というのも大切な仕事だとは思うが、これほどたくさんのヘリが同じ場所を飛び回っている・・、何となく無駄が多いような気がするし、その下で暮らしている我々には迷惑だ。飛ぶのは仕方ないにしても、その数を減らすような工夫はないのだろうか?
ラジオで梅雨入りを宣言していたその次の日から真夏のような日照りが続いている。気象庁は、的中率は高い、と言っているが、本当かな?庭の白樺はもう一杯に葉が繁っている。その葉陰にカワラヒワの姿。今年も姿を現した。キリキリと鳴く可愛い声。
能天気でノンポリの僕でも社保庁の件に関しては怒ってしまう。僕らの仕事は将来に対しての不安が多い。なんの保証もされていない。アリとキリギリスのキリギリス。あの童話は子供の頃から嫌いだった。別に今のようになる事なんか考えてもいなかったのに、なんだか押し付けがましくて、反発を感じていたものだ。それはそれとして、その不安を少しでも軽減するために払ってきたものが・・。それもあまりに杜撰で幼稚な仕事のせい。役所の人たちというのはそれなりに頭のいい人達が集まっているもの、と思っていたがこれは酷い。うるさく取り立てておいて、後は知らん顔。この件だけでなく、いろんなところで信じられないような事を耳にする。この国のトップは「愛国心」を声高に叫んでいいるが、これでは「愛国心」の持ちようがない。僕は「日本」という文化や風土を愛しているが、国、に対してはどうか・・・?「国」という概念がけっしてそこに暮らす国民とイコールでないことぐらいは分かるようになった。一部の人たちの都合に対して「国」という言葉はあてはまらないと、思うのだが、現実ではそういう使い方をされている気がする。
明日は江古田バディのライヴ。ベースの早川君とのデュオ。アコースティックの音色の良さを出せれば、と思う。ご来場お待ちしています!

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2007年6月16日 (土)

サンプル盤、アウディ・ライヴ

6/15、「地球儀の青い海」のサンプル盤が送られて来た。やっと完成盤を見る事に。形になったものを見るのはやっぱり嬉しい。今回は初回プレス分に限り、紙ジャケットを採用。シンプルなデザイン。今までずっとプラ・ケースしか経験がなかったので新鮮な感じがする。
夜はアウディのショー・ルームでのライヴ。TOKU君とのデュオ。アウディと東京FMの共同企画でライヴの一部はオン.エアされる。OA予定日は6月23日(土)12:00〜12:30内。(http://www.tfm.co.jp/art/)
原宿のショー・ルームは家から近い。10分ほどで到着。TOKU君の到着を待ちながら一人でサウンド・チェックを始める。しばらくしてTOKU君が現れる。二人で少しリハ。と言ってもなにも決めない。ただ二人で出来る曲を確認するだけ、みたいなリハ。その後はしばらく待機の状態。ショー・ルームを少し見る。桁数の多い値段のクルマがたくさん。
本番は1時間程度が一回。曲順も決めないし、行き方もその時にお互いの顔を見ながら、といった極めてアバウトなライヴ。最近はTOKU君独特のペースにも慣れた。時々はこちらからも仕掛ける。公募で来て頂いたお客さんが一杯。リハの時はちょっと心配だった音もたくさんの人が入ると良くなった。オシャレな場所で、それなりにオシャレなライヴ。

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2007年6月14日 (木)

檜枝岐、尾瀬、小白沢、大湯

6/12やっとぽっかり空いた休み。とにかく急な用事は入りそうのないので、念願の檜枝岐に向かう。首都高、外環、東北道。首都高は未だに慣れない。カーナビがたよりだが、前のクルマについてものより進化したタイプのはずなのに首都高では前の方が使い勝手が良かった。車線の指示がかなり早めに出るからだ。新しいカーナビは結構近くに行くまで車線を指示してくれない。まあとにかく檜枝岐に到着。先ずはアルザの湯という露天風呂へ。新緑の鮮やかな林を見ながら温泉に浸かる。いつもの民宿。ここは料理が洗練されていて美味しい。珍しい山菜料理をたっぷり。そして相変わらずの美味さのソバ。毎年来ているので何だか親戚の家に来たような気分。
6/13尾瀬沼に向かう。12〜13日は最高の天気。尾瀬の入り口御池でクルマを降りてそこから沼山峠まではバス。バスを降りて尾瀬沼の長蔵小屋の辺りまで歩く。なまった身体には最初の峠越えがキツい。湿原を通る木道をひたすら歩く。水芭蕉がまだ咲いていた。小川にヤマメかなにかの魚の姿。尾瀬沼のほとりで民宿で作ってくれたお弁当を頂く。カラスが沼の魚をとるところを目撃。湧き水で喉を潤す。風が心地良くて最高の気分。ハイキング目的の人たちはもっと歩き回るのだろうけど、怠け者だし足の拵えもなにもないスニーカーを履いただけの僕はそこから引き返す。それでも往復6キロ以上のアップダウンは良い運動になる。尾瀬から一旦檜枝岐に降りて燧の湯でひと風呂、汗を流す。そしてまた尾瀬を越えて新潟県側に。細く曲がりくねる山道をひた走り、奥只見にあるワインの先生、櫻井さんの小白沢ヒュッテへ。今回は一泊ここでお世話になる。櫻井さんと越後大湯温泉の友家ホテルのご主人のMさんが迎えてくれた。Mさんは何度かメールのやり取りをしたりしてコンタクトはあったがお会いするのは初めて。ちょうど櫻井さんのところで用事もあり、僕が行くというので待ってくれていたのだ。一緒に宴会。試飲会のような感じでワインを頂く。相変わらず櫻井さんの料理は美味い。いろんな話をしながら、さすがに歩き疲れて早めに床に入る。
6/14、朝早く出ると言っていたMさんは案外ゆっくりとしていて、朝食の時間が一緒に。それでも慌てて帰って行くMさん。友家ホテルに寄って行って下さい、と言われる。その言葉に甘えて大湯温泉に向かう。曲がりくねる道を走り抜けると今後は長ーいトンネル。なかなかハードなドライブ。渓流のほとりの友家ホテル。館内をMさんに案内して頂く。かなり大規模な作り。旧館の方の和室がそれぞれ違った作りで美しい。川のせせらぎを見ながら温泉に入らせて頂く。
激しく降る雨のなか東京へ。

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2007年6月12日 (火)

変な日

6/11、朝から空は雲っていて、時々雨がパラついている。ここのところ私用で新宿に行く事が多い。今日も一件アポイントがあり出かける。今にも降り出しそうな空の下駅に向かう。駅までは大丈夫だったものが、ホームに上がった時には結構降っていた。でも新宿に着いた時には雨は小やみに。結局傘を出さずに歩くことができた。随分前から傘を使う頻度が減っている気がするが、今回もそうなった。
用事を済ませて外に出て来た時には強い日差しが照りつけて、暑いくらいになっていた。昼食に立ち食いの寿司屋へ。用事の方が思ったより時間がかかったのでお腹が空いてしまったのだ。しばらく行ってなかった店。立ち食いだけど廻る寿司ではない。注文で握ってもらう。一つ一つのネタが丁寧に作ってあって美味。短い間で食べるのに良い。
夕方クルマに乗って仕事に出かける。でも何故か危ない目にあう日だった。先ずは路地から自転車に乗って思い切りの勢いで飛び出してきた子供。自分の出しているスピードにおされて角をまがり切れずに大きくはみ出し、クルマの真ん前まで飛んで来た。こちらはそれほどスピードを出していなかったので、余裕で止まれたけど、あまりに無謀。現実はヒーローものの漫画のようには行かないということを知っていて欲しいな。もう一つ、表参道で右折車線に入っていながら、左の方へジワーッと寄って来たクルマ。どちらに行きたいのか意志の全然ハッキリしない運転。結局右折して行ったけど、僕の廻りにいたタクシーなんかも少し慌てていた。さらにもう一件。ちょっと上り坂になった信号で止まった時、まえのクルマが急に後ずさりし始めた時はさすがに慌てた。後ろのは別のクルマが並んでいるし、思い機にクラクションを鳴らしたら、それでも反応は鈍かったけどやっと止まった。結構追突するギリギリのところだった。その前から変な運転をしているので警戒はしていたが、坂道バックはどうしようもない。ハッキリしたことは解らないが、運転手は眠っていたようだ。その後次の交差点では赤信号を無視して右折していった。大丈夫かな?あのクルマ。なんだか変な目に会う日。

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2007年6月10日 (日)

スタジオ、中華街

6/8アコギ・マガジン付録CDのレコーディングで吉祥寺のスタジオ・レダへ。ここのところ素晴らしい天気が続いているのに、先日の須藤さんのところでのデモ録りに続いてスタジオ作業。こんないい天気なのに閉ざされた部屋。スタジオ作業が好きな人は良いが、僕はこういうところが好きになれない。今回音楽ライターのE君がオブザーバーとして参加してくれた。以前「ジャズ・ギター・ブック」という雑誌の取材でお世話になったことがある。ボサ・ノヴァ・ギターを自分でも弾く、ということで僕の連載も一応楽しんで頂けているようだ。著作権のことなどいろいろ制約がある連載。これからの方向性を考える上での意見を訊いてみる。
いつもの通りレコーディング自体はあっと言う間。トラック・ダウン、CDコピーを待つ間雑談。
6/9はコラムの文字原稿の方を一気に書く。どうしても同じようなことの繰り返しになってしまうのが辛い。書く作業自体より文字数を合わせることの方が難しい。いつも前振りの部分を長く書きすぎて後で削ることになる。今回急いで原稿を書くのには訳がある。次の週の前半が今のところ空いているので、念願の檜枝岐あたりに出かけられるかも知れないからだ。と言ってもCDのリリースを控えている時期は、突然なにかが入ってくる可能性もある。週が明けたところで、考えることにする。
作業の終わりが見えたところで、ちょっと息抜き。横浜中華街へ走る。駒沢あたりにたくさん犬を散歩させている人のすがた。信号待ちをしながら犬達の表情を見ているだけで、楽しい。
中華街は土曜日なので一杯の人。楊州麺房。ここはメニューの数は少ないしカウンターだけのカジュアルな店だが、ここにしかない美味しいものがある。焼き餃子は絶品。こんな値段で良いの?と思う250円の半チャーハン。(半チャーハンといってもヴォリュームは結構ある)その中にごっそりと入っている固く締まったチャーシュー美味。

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2007年6月 8日 (金)

いろいろ

先日カリント・スタジオでレコーディングを終えた後、須藤さんが最近手に入れた、オール・イン・ワンのオーディオを披露してくれた。バング・アンド・オルフセンのラジカセのようなもの。さすがにデザインが奇麗。昨年B&Oの銀座のショー・ルームでのライヴ仕事があった。その時にいろんな製品を見せてもらったけど、どれもキッチュで美しいデザイン。でもかなり高価でもある。その時に僕もiPod用のイヤ・ホーンを買った。耳掛けがついているタイプ。そんな小さいものでも、デザインの美しさが違う。
見た目の大きさと比べると音場が大きく聞こえる。それに奥行きがあってストリングスなんかの音が心地良い。須藤さんはそれが自慢らしく、ヴォリュームを上げ、子供のようにニコニコと嬉しそう。僕のCDが凄く売れたらプレゼントしますよ、と言ってくれたのだが、果たしてそんな日は来るのだろうか?希望を持ってがんばろう。
アコギ・マガジン次号のコラムを考える。こちらも結構続いているので、いろいろ制約もあるしちょっと手詰まりになっている。ギリギリのタイミングになってしまったけど、一応間にあった。明日(6/8)はまた吉祥寺のスタジオ・レダで付録CDのレコーディング。
サムデイでのライヴ。宮野弘紀氏とフルートの上西智子さんとのトリオ。宮野氏と「ノス」というCDを出したのが94年、もう随分昔の事になってしまった。今回はその時のレパートリーの幾つかを再現してみた。10年以上経っているのでどうやって弾いていたか忘れている。こんなの弾けていたの?と自分でも不思議な気分。

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2007年6月 6日 (水)

レコーディング

次のCDのレコーディングが始まった。久しぶりにカリント・スタジオで須藤プロデューサーと会う。ここのところレコード会社のスタッフと会う事はあるが、須藤さんとはずっと会っていなかった。相変わらずお忙しそう。しばし世間話的な話題。コーヒーを一杯頂いた後スタジオへ。今回は次回作のためのデモを録る事。以前頂いていた課題曲から録り始める。かなり昔の曲。昔の方が詞が簡潔で言葉自体のリズムが生きている感じがする。
今の歌はあまり説明過多、言葉数が多いものが多い。その分言葉自体のリズムは失われている。それを補うためにドラムやベースを過度に強調しようとしている気がする。なんだかリズムの事は歌の分野ではなくて他の人、例えばドラムやベースがやること、みたいな感じ。もっと言葉自体の持っているリズムを活かした歌が多くなれば良いのにと思う。言葉数が多いと一見リズミックに見えるが、抑揚、アクセントには乏しい。
ボサ・ノヴァを演奏していて、いかに言葉というもの自体のリズムが面白いか、というのは痛感する。それはポルトガル語だから、というのではなくもちろん日本語にも同じことが言える。日本語はリズム的に豊かな音を持った言葉だと思う。意味を伝えるもの、としてだけでなく、単純に音としても楽しめるものを歌いたい。スタイルとしては全然かけ離れて聞こえるかも知れないが、柳家紫朝師匠や重森三果さんのレコーディングに裏方として参加して学ばせて頂いた事は多い。ゆったりとしてスピード感があり、まったりとしていながらクリア。相反するような要素を同時に実現する。ジョアンの歌にも全く同じことを感じるが、それが僕の歌の理想だ。でもこう書いていながら、自分ではそういう曲を作るのは苦手。
僕の曲もデモ録り。二曲のうちの一曲は当確を頂けた。

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2007年6月 2日 (土)

イッセーさん、ライヴ

発車直前のバスに間に合う。ホームを上がって行くと丁度電車が入ってくるところ・・。そういうタイミングの良い状況が続いた。なんとなく気分は良い。そう言えば下北沢のタウンホールのバス乗り場の手前で社会学者の宮台真司氏とすれ違った。氏の本などは恥ずかしながら読んだことはないが、ラジオの番組の中の舌鋒鋭さにいつも感心していた。金曜日の荒川強啓デイキャッチ。いつも聞けるわけではないけど、氏のコメントは楽しみにしている。お陰でさらに気分も良くなる。
イッセーさんと小松政夫さんの二人芝居に招待していただいた。今回は三軒茶屋のパブリック・シアター。初めて行ったけど、奇麗な小屋だ。二人の公演はこれで二度目。前回見せて頂いた時は、小松さんが攻撃でイッセーさんが受けの側に見えた。突発的に飛び出してくるアドリブ攻撃にちょっと固まるイッセーさん。それはそれで可笑しかったが、今回のイッセーさんはかなり攻撃的だった。前回とは逆にイッセーさんのアドリブに少したじろぐ小松さん。そういうやりとりが見えるのも楽しい。それにしても前回も感じたけど、小松さんの台詞廻しは格好良い。
芝居の後は久しぶりに手打ち麺のヤンヤンへ。
先日のプラッサオンゼでのライヴ、フルートの井上信平氏とのデュオは、自分なりに良い演奏だったという手応えがあった。リズムの芯は見失う事はなかったし、リラックスしながら緊張している感じを自分でもクールに観ることが出来ていた。聴いて頂いているお客さんがドンドンのめり込んでくるのも分かる。編成としては薄いが大きな世界観を持ったサウンドになっていたと思う。後半はパーカッションの石川智君が飛び入り参加してくれてよりパワーアップ。こういうセットでまたどこかで出来れば、などと思った。
新CDのプロモ・ヴィデオが出来て来た。凄く短い時間しか撮影していなかったけど、何となくちゃんと出来ている。自分が演奏したりしているところを観るのは変な気分。気がつかなかったけど、左手の指がリズムを作るのに随分細かく動いている。全然意識していなかったのでちょっと面白い動きだった。

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